お寺の屋根(その1)
「マンホールのふたはなぜ丸い」(中村義作:日経ビジネス人文庫)を読んでいると「お寺の屋根はサイクロイド曲線で、最速落下曲線に近い」という面白い話に出くわしました。神社の写真をよく見てみると「なるほど」と頷かせるものがあります。
写真1.は敦賀市にある気比神宮ですが、屋根のつくりをよく見てください。綺麗な曲線を描いています。私達が住んでいる家の屋根の傾斜はほとんど直線ですが、神社や寺の屋根の傾斜は美しい曲線を描いています。屋根にこのような曲線を使うことによって屋根を一層美しく見せているわけですが、昔の匠は素晴らしい曲線を考え出したものだと感心しますね。
さて、屋根には大雑把に切妻型、寄棟型、入母屋型などに分けられます。切妻型では芝増上寺大殿、寄棟型では東大寺念仏堂、入母屋型では東大寺俊乗堂などに見られ、切妻型は雨水を二方向へ、寄棟型や入母屋型は雨水を四方向に流すなどの特徴があります。
また、寄棟型や入母屋型では、屋根が反り返っている(写真2.)のが見られます。でも、あの曲線は屋根を美しく見せるためだけのものなのでしょうか。ここでは、「屋根が反り返っている理由」について考えてみましょう。
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| 写真1. 敦賀市の気比神宮 |
屋根の本来の目的は、雨露をしのぐところにあります。公団アパートのような平らな屋根では雨がたまって困りますが、あの屋根もよく見ると勾配がちゃんとついていて水はけをよくしていることが判ります。
直線の屋根では屋根の上のほうでは流れが緩やかですが、下のほうでは勢いが付いてきます。一方、神社や寺の屋根の勾配だと屋根の上のほうで流れに勢いをつけて、屋根を一気に流れ落ちるという仕組みで、雨が屋根の上にいる時間が最小になるように出来ています。
この曲線は雨が最も速く流れ落ちる形として知られており、数学の世界では「最速降下曲線」と呼ばれています。
具体的な曲線は、半径Rの円が、図1.のようにx軸をすべることなく転がっていく場合、円周上の1点Pの軌跡を追いかけるとサイクロイドとよばれる曲線になります。この曲線は重力だけが存在する場合に最速降下曲線になることで知られています。
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| 図1. サイクロイド曲線と屋根 |
そこで、この綺麗な曲線の屋根はどのような形なのかを調べて見ましょう。
この問題はベルヌーイやニュートンの時代に最速降下曲線として有名で、「決まった2点間を、終点より高い始点から始点より低い終点まで球が一番速く転がることができるような曲線は何か」というものです。
ここで求めようとしているのは屋根の形、すなわち関数 y(x) です。これを変分法で求めてみましょう。変分法では、まず、極値(あるいは停留値)をとる汎関数 I[y] を、ある量 f(x、y、y’)の積分で表現します(式(1))。そして、 I[y] が極値(あるいは停留値)を持つことと、関数 f がオイラー方程式(式(2))を満たすことが同値であることを利用するのです。
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いま、雨を理想化して屋根の上を転がる質量mの質点と考えます。さらに問題を簡単にするために以下のように仮定します
(@)空気抵抗は考慮しない。
(A)摩擦抵抗も考慮しない。
(B)外力は重力のみとする。
質点mの球が受ける外力は重力のみなので、図1.のように鉛直下向きを正とします。
質点が動く微小距離をdsとすれば、
したがって、球の速度は

落ちた距離 y と速度 v との間にはエネルギー保存の法則(物理の法則が出てくるのはここだけです)が成り立ちますから
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これより
これを(3)に代入し、

が得られます。球が屋根を通過する時間 t が積分の中身がyとy’だけの関数で表わされました。
(4)
すなわち、式(1)の関数 f は次式のようになります。
(5)
この関数を使って、次式のオイラー方程式(この式の誘導は「お寺の屋根(その2)」をご覧下さい)を解けばよいわけです。
(6)
ところが、関数 f には x が陽に含まれていないので式(6)は式(7)のように簡単に表現できます(式(7)の誘導は「お寺の屋根(その2)」をご覧下さい)。
(7)
式(7)に式(5)を代入すると次式が得られます。
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さらに式を変形すると
(8)
ここで
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とおいて、両辺を微分すると次式が得られます。
(9)
また、式(8)に y を代入すると

両辺に dx を掛ければ
(10)
式(9)と式(10)から dy を消去すれば
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両辺を積分すると
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が得られます。積分定数 C は初期条件として、θ=0 のとき x=0 とすれば、C=0
となります。
以上より、最速降下曲線が以下の表式が得られます。
(11)
(12)
つまり、「サイクロイド曲線は重力だけが存在する場合、最速降下曲線になる」という有名な結果が得られました。
式(11)、式(12)は媒介変数θで表現されていますが、x と y だけの関数で表わすことができません。そこで、Excel
を使ってθが 0°〜 360°の範囲でグラフを描いたのが図2.です。
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| 図2. サイクロイド曲線(0°〜360°) |
屋根の部分はー180°〜180°の部分ですから、これを図で表わすと図3.のようになります。
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| 図3. サイクロイド曲線(-180°〜180°) |
図3.と下の気比神宮の屋根の写真2.とを見比べてみて下さい。確かによく似ていますね。
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| 写真2. 気比神宮の屋根の部分の拡大 |
でも、お寺や神社の屋根は本当にサイクロイド曲線なのでしょうか。私が疑問に思うのは、屋根の先端部分が更にそり上がっているところです。もちろん、サイクロイド曲線でもそり上がりは表せますが、昔の匠がどうやってこの曲線を描いたかにあります。
このことについては、お寺の屋根(その2)でさら考えてみることにします。